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作者:倉沢愛子  出版社:中央公論社  出版年:2001年3月 

『ジャカルタ路地裏フィールドノート』

夫も子供たちも「何を気が狂ったか」と猛反対した転居先とは?

「はじめに」より
私がそのジャカルタ市郊外のレンテン・アグン地区に移り住みたいといった時、夫も子供たちも「何を気が狂ったか」と言わんばかりに猛反対した。最初は駐在員として赴任した夫が、1997年の春脱サラしてインドネシアに長期戦で腰を据えることになった時のことだ。すでにジャカルタ生活は7年目に入っていた。

多くの日系企業が事務所を持つジャカルタ市の中心部から約20キロ、日本人の多くが居住している、クバヨラン・バルやポンドック・インダなどの地区からも10キロ南にあるこの地区は、もうあと1、2キロ行くとジャカルタではなくなって西ジャワ州になってしまう。
とはいえ近頃はボゴール県、ブカシ県、タンゲラ県などの一部を含んで大首都圏(ジャポタペックと称する)が形成されており、この圏内なら歴とした通勤圏だ。
つまり距離という点からみれば別に唐突な地域ではない。東京にとっての埼玉県のようなところである。
しかし、実際には東京にとっての埼玉、とは単純には比較できない。つまり、問題は単に都心部からの「距離」ではないのだ。
夫や子供たちがブーイングしたのはそれなりの「わけ」があったのであった。